「いのちの食べかた」で自戒せよ
「グログロだったら、やだな~」と、大学生の男達の会話。
グログロなのだよ。
自分で魚を釣って、魚を三枚におろしたことも無いの?
私たちは罪深いのだよ。
音楽も、ナレーションも、インタビューも、テロップもなく、
ただただ、あるがままの食糧生産風景、いや、食料製造工場がシンメトリーに映し出される。
もはや農場ではない、工場だ!
オーストリアのドキュメンタリー作家、ニコラウス・ゲイハルター監督による食糧生産事情をカメラで追い続けたドキュメンタリー「いのちの食べかた」。
こりゃ、われわれ観客に対する挑戦だ。
“お前は、これを観てどう思う? 食べるのを止めるのか?”
聞こえてくるのは機械の振動音と、ときたま聞こえる労働者の会話。
時たま、挿入される工場労働者の食事のシーン。
ボソボソと不味そうにパンを食べているな。
イヤン!
ヒヨコを鷲掴み。
テニスボールみたいに、ヒヨコがピッチングマシンぽく筒から出てくる。
ピュッと勢い良く吐き出される。
目には黄色の塊にしか見えない。
大丈夫なのか?
死なないのか?
セキセイインコを飼育している身には、一番、衝撃的だったシーンだ。
ありゃ、今度はバレーのボールを機械で掻きあつめている。
ちょっと待て、鶏だ!
100羽や200羽じゃないぞ。
グワシ グワシと機械が鶏を掻き集め、ピュッピュッと箱に納められる。
豚や牛は「世界屠蓄紀行」に興味があって大分前に読んでいたので覚悟は出来ていた。
でも、ヒヨコの飼育の仕方は、イマイチ知らなかった。
機械が怖くなってくる。
トランスフォーマーじゃないが、意思を持った機械みたいだ。
ドミニカに居る友人から「生まれて初めて鶏を捌いた!!」とメールが届いたけど、日本に住む限りほとんどの人が、店からきれいに捌かれてラップ化された魚や肉を購入して食べることができる。
安価で、た易く食物を獲得できるし、冷蔵庫での保管のできるので、食物のありがたみを忘れがちだよね。
産まれてすぐにナイフでプチッと去勢され、精子を取られ、人工受精され、搾乳され、ギュウギュウ詰めの満員電車のように身動き出来ない場所で頭から木屑を撒かれ、ベルトコンベアで運ばれ、仮死させられ、吊され、血を抜かれ、皮を剥かれ、内臓を抜かれ、食べられる。
手塚治の「鳥人体系」ではないが、食物連鎖の下位にヒトが位置するようになったら、このような状況になってしまう。
「いのちの食べかた」は、食料自給率が低いのに、飽食になっている日本人への警鐘だ。
「玄米せんせいの弁当箱」 (画・魚戸おさむ、脚本・北原雅紀)じゃないけど、「食べることは生きること」なんだ。
だけど、他の生物の「生命」を貪っているんだよ。
だから、感謝せねばならないぞ。
「玄米せんせいの弁当箱」を読んでから、玉ねぎの皮も捨てずに、出汁としていただいておる。
「いただきます」と「ごちそうさま」をちゃんと言えているか?
残さず食べろよ!
























